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「3.11天皇出席の震災追悼式典―全国一斉黙祷反対!集会・デモ」のブログ

3月11日の「政府式典と全国一斉黙祷」に反対するデモ・集会を行う「3.11行動実行委員会」のブログです。過去の行動報告、今後の行動案内、式典批判の論文・情報をお伝えします。

3・11集会基調報告

3・11天皇出席の震災3周年追悼国家式典反対!弔旗掲揚・一斉黙祷反対!

政府・東電の事故責任逃れを許さない!謝罪・賠償を行え!

再稼働・原発輸出をとめよう!核燃サイクル阻止・いっさいの再処理施設を閉鎖せよ!

                          3・11行動実行委員会

 

 3月11日、震災から3年目の今年も政府は天皇出席のもと、「東日本大震災3周年追悼式」を開催する。実行委員長である安倍首相や政府・財界、各国、遺族の代表らが参加し、「国歌斉唱」に始まり、午後2時46分の一斉黙祷と首相の式辞や「天皇のおことば」などで、「鎮魂」「追悼」と「復興への誓い」を固めるとされている。

 いうまでもなく、この未曽有の原発事故はとてつもない国家犯罪である。国家と責任企業東京電力はまず被害者と全人民への謝罪と完全な賠償、事故収束―全原発廃炉と関連施設の閉鎖に全力を傾注すべきである。

 にもかかわらず、この張本人たちは、こうした当然にとるべき行動をとらない。それどころか、追悼式典を政府主催とし全国民に天皇と共にするいっせい黙祷を「強制」することで、被害者の憤怒を鎮め、被害者と原発労働者になおも続く放射線被ばくに堪え忍ぶことを強制し、「国難」を乗り越えて「復興」を誓いあわせるのだ。それは、「エネルギー基本計画」の明確化であり、復興・オリンピック開催をも口実として原発再稼働、核燃料サイクルの推進、原発輸出など原発推進核武装の基盤形成に他ならない。

 私たちの反原発闘争は、原発事故の被害者を死に追いやり、国益のために今も多くの労働者や住民に被ばくを強いる天皇制国家、独占資本との対決ぬきにありえない。

 天皇とともにする「一斉黙祷」を拒否し、天皇を頂点とする日本国家・独占資本、さらには内外の巨大な原発推進勢力と対決する反核反原発闘争として「3・11追悼式典」反対を闘いぬこう。

 

1、奪われるいのち、生活と権利—原発事故の責任いんぺい、福島切り捨てを許さない

 

 福島では、1月末に、「震災関連死」と市町村自治体が認定した人が1660人となり、地震津波による直接の死者数1607人をこえたという。ほとんどが原発事故にともなう避難によって死に追いやられたもので「原発関連死」(「福島民報」)ともいうべき人々だ。また、事故当時18歳以下だったこどもたちへの甲状腺検査の結果、2月現在で75人に異常がみつかり、うち33人ががんと診断され治療をうけている。

 しかし安倍首相は、昨年9月、オリンピック招致の最終プレゼンテーションで「(汚染水問題は)・・全く問題ない。・・健康問題については、今までも現在も将来も問題ないと約束する」と胸を張って言い放った。第一原発周辺は「放射能の沼」のような状態で、なお事故との必死の闘いの最中であり、未だに原子炉や格納容器の現状さえ把握できず、今も続く放射性物質の拡散と大量の汚染水問題をみるだけでも安倍政権の欺瞞、ペテンは明らかだ。それどころか、オリンピックにむけて収束作業、汚染水処理作業に拍車がかけられ、労働者は無理な作業を強いられ、作業員が汚染水を頭からかぶるなど、労働者への被ばく・労災事故の危険が増加している。一方、東京地検は、オリンピック招致が決定した直後の9月9日、福島原発告訴団が業務上過失致死傷容疑で告訴した東電会長ら直接の加害者40人全員を不起訴処分とした。巨大津波によって原発事故が起こると具体的に予測できたとは言えない、あるいは事故後の対応もそれほどの過失はなかったというのだ。「安全な原発」などそもそも存在しないし、核発電をすれば、さまざまな原因で今回のような事故の発生は避けられないことは、反対運動側が繰り返し主張してきたところだ。事故発生時の地球規模での人的物的被害を一顧だにせず、権益をかけて原発を稼働させてきたのは、東電とその背後に群がる三菱・日立・東芝等の原発メーカー、ゼネコン、あるいは大手銀行などの独占資本である。そして最大の責任者は核原発政策を推進してきた日本国家であり、それを裏で支える国際原子力機関IAEA)などの国際的核推進機関、推進勢力である。巨大な核推進勢力の支配のもと、司法権力が国策である「核発電」にからむ国家責任、独占資本の責任をうやむやにし、福島切り捨てに加担するのは必然だ。

 政府は昨年12月に「福島復興加速指針」を発表した。度重なる「汚染区域」の線引きの変更(縮小再編)によって被害住民を「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」に分断した上で、これまでの「全員帰還」方針を撤回し、「除染」が不可能な地域からの移転方針を打ち出した。他方で早期帰還者への90万円の上乗せ支給をチラつかせて帰還促進をはかろうとしている。年間被ばく線量1ミリシーベルト以下を帰還の目標としてきたが、除染の効果が思わしくないとみるや、IAEAの調査団から「1〜20ミリシーベルトの範囲で目標を決めるべき」との「国際放射線防護委員会」(ICRP)見解をもって基準緩和を引き出し、一人一人に測定器をもたせて個人で「被ばく線量」を測定させ自己責任をせまる「見かけ倒しの除染効果」で帰還を強制しようとしている。「避難指示解除」後1年で避難住民に対する月額10万円の精神的苦痛に対する賠償支払いを打ち切り、一方、帰還を断念して移転に応じる場合には追加慰謝料と新居取得費用を「手切れ金」よろしく支払うことで、賠償金支払いに終止符をうとうというのだ。住民をふるさとから追い立てた後地には、汚染土などの中間貯蔵施設の建設を目論んでいる。収束作業や除染作業に従事する労働者には、現在でも作業による被ばくに加えて通勤の過程での「測定されない被ばく」を強いられている。さらに東電は、除染作業の加速化のためとして、特例的に飯館などの居住制限区域でも、除染に従事する労働者の宿泊を認めようとしている。

 今もなお14万人以上が避難生活を強いられ、避難指示が出ていない地域でも住民は低線量被ばくのもとで不安な生活を強いられている。「福島復興」どころか「東電復興・福島切り捨て加速指針」によって、労働者や住民に健康被害を拡大させる東電による被害の隠蔽、賠償責任のたなあげを断じて許してはならない。

 

2、政府の東電救済—核原発政策推進を許さない!

原発再稼働・核燃サイクル・原発輸出を止めよう

 

 事故を引き起こした東電の責任は、賠償・廃炉除染を含めて全領域に及ぶ。にもかかわらず、東電は、事故後一度も真摯な反省や謝罪を行うことなく、「国策事業」にあぐらをかいて、かえって企業利益の確保と企業温存に全力を傾注してきた。汚染水問題ひとつをみても、事故から3ヶ月後に原子炉建屋を囲む遮水壁設置が決められたにも関わらず、株主総会を前にして「新たに1000億円の債務が加算されることで資本市場に混乱を招く」などとして、当時の民主党政権ともども先送りした。また、事故賠償業務の9割を、東電の小会社をはじめとする随意契約企業に流し込み、被害者を食い物にしてさらに肥え太ろうとする。これがまさに資本の本質だ。この「人命軽視・利益優先」は、原発労働者への権利侵害、安全性の軽視や住民への補償切り捨て問題にも貫かれており、まさにこれこそが原発事故の根本要因である。東電ばかりではない。「事故」をめぐる大金の集積・移動を見込んで金融独占をはじめとする独占資本がハゲタカよろしく群れ、鹿島建設のように原発の建設で儲けた上に、事故後は除染モデル実証事業、がれき搬送など、事故収束・震災復興ビジネスで稼ぎ、さらに数十年に渡る廃炉ビジネスにも乗り出して荒稼ぎを続けている。

 これら原発関連企業の強硬な後押しをうけて東電は、昨年末、安倍政権から会社存続と公費投入の保障をとりつけた。それは、廃炉・汚染水対策への膨大な国家予算の投入であり、今年4月以降「廃炉カンパニー」と称する廃炉・汚染水対策専門の組織を立ち上げて社内分社化をはかるとともに、「(東電の使命は)事故の責任を全うし、世界最高水準の安全確保と競争の下での安定供給をやり抜くこと」(「新・総合特別事業計画2013/12/27)などと称して、柏崎刈羽原発の「各号機が(2014年7月から)順次稼働する」ことを前提にした経営計画を明確にし再興をはかろうというものだ。本来問われるべき(しこたま儲けてきた)株主や金融機関の貸し手責任は棚に上げたまま国費を湯水のごとく流し込み、2016年度には持株会社制に移行して社債市場に復帰し、原子力損害賠償支援機構が保有する東電株の議決権比率を段階的に引き下げ、30年代に脱国有化—復活をもくろんでいる。これは、被害者である水俣病患者を切り捨てて国策企業チッソを守った救済策と同じである。

 そして原発推進安倍政権のもとで、今や金融資本やゼネコン、原発メーカーをはじめとする大独占、原子力研究開発機構などの内外の原発推進諸機関や学会、研究機関、御用学者などが、まさに束になってあらたな安全神話を構築しつつ、原発再稼働ならびに原発輸出を推進しようとしている。

 また、原発反対の論拠に使用済み核燃料の処理ができないこと(「トイレのないマンション」のたとえ)があるが、処理ができればよいということでは断じていない。そもそも核爆弾に不可欠なプルトニウムをつくり出すために生み出されたのが「原子炉」であり、使用済み核燃料から再処理によってプルトニウムを取り出す技術は、核爆弾をつくる軍事技術そのものである。米国をはじめ核保有国は、「核の平和利用」をおしたてて「電力供給」を隠れ蓑にして核武装を進めてきたものであり、軍事大国化をめざす安倍政権も、当然にもプルトニウムを生み出す核燃料サイクルを「引き続き着実に推進する」方針をうちだし、今年1月には、日本原燃原子力規制委員会青森県六ヶ所村にある再処理工場の操業に向けた審査を申請した。同じく六ヶ所にある施設でウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料に加工した上で、通常の原発での発電(プルサーマル発電)を伊方3号機(愛媛)、玄海3号機(佐賀)、高浜3号機(福井)の再稼働やフルMOX発電用の大間原発建設をもってすすめようとしている。原発推進と核開発は一体であり、これゆえに何があろうと断念しないのだ。すでに45トン、長崎型原発4000発分のプルトニウムをためこんでいる。原発再稼働、六ヶ所の再処理工場の稼働を阻止しよう。原発輸出をとめよう。 

 

3、天皇制強化—「元首」化阻止  国民統合ゆるさず天皇制を解体しよう

 

 天皇は、原発事故という「国難」に当たって、自らを含む国家体制を守るべく、事故直後から素早い対応をとった。3月15日には、田中俊一原子力委員会委員長代理(当時・2012919日には皇居での認証官任命式で天皇から認証を渡され、環境省原子力規制委員会委員長に就任)、警察庁長官を皇居によびつけて原発被害などについての説明をさせた。その上で翌16日、ビデオメッセージを発し、「国民(皇民)」に対して、「皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを喪心より願っています」などと述べた。敗戦時、昭和天皇ヒロヒトによる「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・」(「終戦の詔勅」—「8・15玉音放送」)と同様、原発事故による甚大な被害をもたらした国家責任を隠蔽し、すべての犠牲を人民に負わせた上、天皇のもとへの隷属と忍耐を呼びかける「平成の玉音放送」にほかならない。その後4月はじめにかけて実に10回にわたり、次々被ばくや被害についての説明をうける一方、4月5日の双葉町からの避難者訪問にはじまる「被災地訪問」を開始した。

 天皇は、1年目の3月11日、政府主催の追悼式典に出席し、「元首」として「世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝」を述べるとともに、原発事故のために働いた者の「尽力を深くねぎらい」、「放射能の問題の克服」を課題にあげつつ「安心」で「安全」な国土を築くよう「おことば」をたれた。2年目には早くも「おことば」からは「放射能」が消え、ひたすら防災の重要性を強調した。そして3年目を前に、天皇は12月の誕生日会見では、「玉音放送」の効果に満足したのか、「国民」の原発への不安、不満、反対の意思を封じ込め、死者への「追悼」「慰霊」によって犠牲者の憤怒をおさえこんだ満足感をあらわに「冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています」と述べた。

 確かになお「反原発」「脱原発」の声は大きい。しかし、その中には天皇に「脱原発」の「ことば」を期待した坂本龍一山本太郎らの言動をあげるまでもなく、「天皇」に慰められ、おことばを期待する「愛国心」と天皇崇拝に貫かれたものも少なくない。

 安倍政権による憲法改悪攻勢と一体の天皇天皇制強化のもくろみの中で、天皇皇后、さらに皇太子までもが声をそろえてことさらに「憲法を守り、国民の皆さんとともに」を強調する。だとすれば、「震災見舞い」や「国家元首」よろしく「3・11」で国を代表して支援に感謝を述べたり、「国民のみなさん」などと上から見下ろして「とるべき道」をえらそうに説いてよいわけがない。「天皇外交」だって、許されない。天皇・皇族は、われわれ「国民」が「尊崇の念」をもって天皇に「慰め」や「よりどころ」を期待しているとの自信に裏打ちされて、国家権益を守り、ひいては自己の権益を確固として守り固めるべく行動しているにすぎない。被害者に「心を寄せ」ているふりをしても、反原発という国益に反する立場に理解を示す事などあり得ないのだ。原発推進の政権のもとでは、原発輸出のお先棒をかついでインド訪問もするし、「原発事故収束」を印象づけるための言動をくりかえす。「慰霊と追悼」によって被害住民をはじめとする労働者人民からの責任追及と反原発の動きを封じるための「3・11」の追悼式典出席も、まさに原発政策を推進し、国家権益をまもるための憲法に反する「天皇の公務」なのだ。

 天皇天皇制は、まさに今回のような国論を二分し、国家体制の根幹をゆるがしかねない事態に際してこそ立ち現れ、最も強く国民統合の役割を期待される。「3・11追悼式典」での天皇とともにする一斉黙祷、弔旗掲揚の強制という天皇のもとへの国民統合(皇民化)攻撃に対しては、無視や黙殺は、なんの抵抗にもならない。その狙いを暴露して、断固としてこれを拒否して闘う以外に、統合機能をうちやぶることはできない。

 今年もまた「3・11」を、天皇制国家の原発事故責任の徹底追及、原発推進政策の阻止をかかげて闘おう。わたしたちの自立、解放をかけて、核・原発政策に代表される現代資本主義体制を根幹から批判し、いのち、生産、生活権を奪い返す闘いとして、福島で苦闘する仲間と固くむすびあって闘いぬこう。